『大正オトメ御伽噺』と『星の界』

『大正オトメ御伽噺』

ある日、YouTubeの自動再生で曲を再生していると琴線に触れる音楽が流れてきた。

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洗練された音楽というのはこういうものを指すのだと思う。ギターによるバッキングの上を進む琴とバイオリンのシンプルなメロディー。柔らかく暖かな世界観を感じさせる女性コーラス。思わず画面を見やると、それはあるアニメ作品のオリジナルサウンドトラックだった。これが『大正オトメ御伽噺』との出会いである。

YouTube上でサントラが全て公開されていたので早速聞いてみたが、これがとにかく素晴らしかった。

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和のテイストを含んだ民族的郷愁を感じさせる曲調が素晴らしい。これは元の作品も面白いに違いないと思い、早速dアニメストアで本作を視聴することにした。

テレビアニメ本編

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テレビアニメは全12話。一瞬で最終話まで見てしまった。本作ではサントラから想定していた民族的・宗教的な要素は特になく、コミカルとシリアスが入り混じったような展開が続く。また、シリアスな場面でも話が重くなりすぎないようにする配慮が感じられた。強烈なカットや演出を用いないところも、本作の世界観を大事にしていることが伺える。あと珠子が可愛い。

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本作の主題は主人公の珠彦とヒロインの夕月(ユヅ)の恋物語で、厭世家の珠彦が天真爛漫なユヅに揺り回されつつ距離を縮めていく様子が描かれる。作中では珠彦がユヅを「春の嵐」に例えていたが、これは面白い比喩表現だと思う。明るい人、元気な人、はつらつとした人といった言葉はよく使われるフレーズだが、そういった表現を全て詰め込んだようなこの言葉は作中でも多用され、印象的なキーワードだった。ユヅのように自然と人を惹き付け、その心を変えていく力を持つ主人公やヒロインは他の作品でもよく見かけるようになった。例えば『明日ちゃんのセーラー服』の明日小路や『スキップとローファー』の岩倉美津未は、そういった力を持つ人物として描かれているように思う。これらの作品はいずれも連載が続いているが、大正オトメ御伽噺の原作である大正処女御伽噺は既に全5巻で完結している。アニメ版で描かれた珠彦とユヅの物語の先に何があるか気になり、原作が読みたくなった。

買ってきた。昭和オトメ御伽噺は大正処女御伽噺の続編、厭世家の食卓はグルメに特化した公式スピンオフである。どの作品も大変面白かった。

そして原作者である桐岡さな先生の絵が上手い。五等分の花嫁の作者の春場ねぎ先生などもそうだけど、あらゆるジャンルを描けるタイプの漫画家なんだと思う。

なんとなく再生した1本の YouTube の動画からここまでハマるとは思わなかったけど、この作品を知ることができて良かったと感じることができた。

『星の界』

ところで、冒頭でリンクを貼った『星の界(よ)』という曲は、一般的には明治43年(1910年)に文部省唱歌として『教科統合中學唱歌 第二巻』に掲載された曲を指す。

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この曲の原点は、ジョセフ・スクライヴィンが残した『What a friend we have in Jesus』という詩に、チャールズ・コンヴァースが『Erie』という曲のメロディーをつけたものである。

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この曲のメロディーを流用しつつ杉谷代水が日本語の歌詞を乗せたものが『星の界』である。そのため、大正オトメ御伽噺の『星の界』は、文科省唱歌の『星の界』をリスペクトした作品ということになる。

珠彦の誕生日が明治38年、ユヅの誕生日が明治41年なので、彼らが尋常小学校に通っていた頃には既に世間で知られた歌になっていたのだと思う。作中でもユヅがこの曲を珠彦に歌い聞かせる場面があった。

また、サントラの中にも『星の界』のメロディー(というかチャールズ・コンヴァースの作曲)を流用しているものがある。

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こういった曲を日常生活で聞く機会は少ないが、たまに耳にすると小学校の音楽の授業を思い出す。例えば滝廉太郎の『荒城の月』は何度も教科書に登場していた覚えがある。荒城の月は明治33年(1900年)に作曲されているので、『星の界』より少し前に出た作品である。『星の界』は既に音楽の教科書には載っていないと思われるが、同じコンヴァースのメロディーに杉谷代水ではなく川路柳虹が歌詞を当てた『星の世界』は今でも音楽の教科書に載っている。『星の世界』の作詞時期は定かでないが、昭和27年(1952年)には音楽の教科書に載っていたらしいので、70年以上親しまれてきた曲ということになる。明治時代に庶民が聞いていたメロディーが今も受け継がれ人々に届けられていると思うと感慨深い。この曲はコード進行も単純なので、ギターで弾き語りして子守唄にすると楽しそうだと思う。

参考情報

[1] 教科統合中學唱歌 第二巻
[2] 星の界
[3] 星の界(エリー,いつくしみふかき)
[4] 教科書掲載曲一覧 令和2年度版小学生の音楽
[5] レファレンス協同データベース