平沢進のインタラクティブライブ『ZCON』を現地で見てきたので感想をば。
ライブ前
入場の4時間前に国際展示場駅に到着。さすがに早すぎるので会場の近くにある東京ビッグサイトを見に行った。
この逆三角形も飽きるほど見てきたが、ここ4年ほどコミケや例大祭に行っていないので足が遠のいている。アニメジャパン2022というイベントが開かれていて興味をそそられたが、気を取り直して東京ガーデンシアターに向かう。
ヒラサワだ。ステルス・メジャーがこんな大衆の目に触れるところにいていいのだろうか。と思うのも束の間、会場横のショッピングモールでは平沢進の新譜『BEACON』の曲が延々と流れていた。大丈夫なのかこれは。
『TIMELINEの終わり』や『BEACON』は良い。知らない人が聞いてもそれほど違和感を覚えないと思う。しかし『COLD SONG』や『転倒する男』のような曲をファンでもない一般人に聞かせたら苦情が来てもおかしくない気がするが。。
異世界と化しているショッピングモールを軽く散策し、長椅子に腰掛ける。まだ開場まで3時間半もある。よく考えたらこんなに早く来る必要は全くない。めちゃくちゃ暇なのでうとうとしていたら急に人が増えてきた。いつの間にか僕は1時間以上寝ていたらしい。溢れた人々は終演した 1st-show の観客たちだった。"天候技師"の仕事をサボってしまった。。
すっかり目は覚めたものの、開場はまだまだ先なので ZCON のストーリーを復習しておく。
つまり、どういうことだってばよ。
やがて入場の時間が来たので東京ガーデンシアターの中へ向かう。席数が多すぎてどこがどこだかよくわからなかったが、なんとかとか自分の席を見つけた。後方のけっこう端の席だったものの、ガーデンシアターの客席は縦に大きい構造をしており、ステージ全体を俯瞰できた。調べてみると、実際にそういう意図で設計されているらしい。
ただ、スクリーンは3割ぐらい見切れていたので、たまに横のモニターを見てなんとかしていた。まあそういうこともある。
各曲の感想
1. COLD SONG
CALL!!
拍手でヒラサワを呼ぶ。今まで画面越しに見ていたインタラクティブ・ライブの会場にいるというのはちょっと不思議な感覚である。そしてスモークの後ろから颯爽と現れるヒラサワ。67歳になってもその登場の仕方がカッコいいと思える感性に恐れ入る。そしてすぐに歌が始まった。
―――音圧!!
オケと生歌の音が大きすぎてびっくりした。平沢進のライブの音圧がやばい、というのはちらほら聞いたことがあるけれど、本当に尋常ではなかった。
そしてギターソロ部分はいわゆるデストロイギター。くるっと時計回りに一回転していた。Fuji Rock 2021 の Solid Air でもギターソロ中に回っていたなぁと回顧しつつ、転ばないか心配していた。
2. TRALERATOR
歌の入るタイミングを盛大にミスるヒラサワ。配信で見返すと「あっ……」という感じで明らかにそわそわしているのでちょっとおもしろい。でも歌を止めずに修正するところにプロの気概を感じる。
3. LANDING
この辺りでネット上の"天候技師"の仕事の忙しさがピークを迎えていたと思う。1日目に僕も参加したが、これはかなり面白いシステムだった。
ネット上の"天候技師"、即ち在宅オーディエンスは事前に公開されている Google フォーム上で2択の選択肢から片方を選んで投票することを繰り返す。各選択肢に対する投票の割合はリアルタイムで更新され、一定間隔おきに YouTube 上のライブ配信で確認できる。この投票の割合をツイッターで逐次提示される値に調節してライブを進行させる。
これは自明にめちゃくちゃ大変な作業である。ライブを見つつツイッターで必要な投票の割合を確認し、Google フォームで何度も投票を行う。YouTube 上でその結果を監視するとともに、YouTube のチャット欄でどうやって割合を調整するか議論しているのを眺める。のんきにライブを見ていて調節に失敗すればおそらく BAD END である。つまり、現地にいない人々もライブの過程に直接影響を与える立場にあり、責任重大である。このように、在宅オーディエンスも「ライブに直接参加している聴衆」になれるのは、外出に制限がかかる昨今において素敵なシステムだと思う。
4. 燃える花の隊列
「生存は焚かれている。それは、宇宙総動員による貴方という記憶の喚起によって灯る微かな炎が全ての明かりの源だと認めるときに起こる」
という語りを聞いて「宇宙総動員って何だ?」と思っていたら歌が始まっていた。それにしても相変わらず歌詞のセンスがすごい。例えば2番のAメロ。
夜は狂おしい無いものが咲くほどに
燃え立つような眩しさで
キミは今日咲け 実証に 空想に
水面に輝る月のように生存を焚け
解錠する必勝する聡明なる暗号なるキミたる灯を
これだけだと意味がわからないが、ライブに参加してなんとなくそのメッセージが感じられた。最後の歌詞に
去った灯去った灯
キミのあるべくあるそれ
ウェルカム ウェルカム
とあるけれど、この『去った灯』『キミのあるべきそれ』というのは忘れ去られてしまった BEACON を指していると思われる。その BEACON の響き、そして自分自身が何者だったのかかを思い出し、本来のヒト科の輝きを取り戻すべきだ、という解釈が自分の中では腑に落ちた。
しかし、同時にその BEACON を思い出すためには、正解だと教え込まれてきた価値基準や社会構造に含まれる詐欺的な要素を破壊しなくてはならない。その過程が『転倒する男』や『消えるTOPIA』で表現されている、気がする。
5. 転倒する男
「アヨカヨが「目標」だと貴方に教えた高みこそ、目標から遠ざかる幻影である。人は完全な姿で生まれ、不完全な姿へと成長させられる。それが『目標』だ」
「転倒してみるがいい。恐怖など無いと知るだろう。貴方が転倒の衝撃を味わう度に思い出すことの結論を、私が今言おう。貴方が途轍もない存在であることを思い出すべきだ」
当初、アヨカヨやアンバニという存在が現実世界の具体的にどういう人々のことを指しているのかわからなかったのだけど、この辺りから徐々に輪郭が掴めてきた感じ。
ところで、「わっはー」って歌詞おもしろすぎませんか。
6. 消えるTOPIA
「貴方を不安にする出来事の変遷に整合性がないことを気付いていますか?Aは突然Bになり、そこに矛盾があろうと説明はされません。それは偽物だからです」
「貴方が誰であるかを忘れさせるために、歴史、道徳、倫理、科学、宗教、あらゆる事件という人工物で貴方を取り囲み、恐怖と不安のみが確実であるかのような世界に貴方を閉じ込めているのです。貴方が『それはない』と宣言する瞬間まで」
イントロ前にバチバチに思想を感じる語りが入っていてふふふとなる。そして、なんとなく以下のツイートを思い出した。
自分は社会の役に立てないと思っているならそれは間違いなのだ。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2021年12月9日
社会が特定の価値感だけに対応する仕組みであるために、社会が貴方の価値を組み込むことができないだけなのだ。社会がボケっとしているのだ。むしろ悪意を持ってボケっとしているのだ。
今考えると示唆的だな~と思ったり。
さて、『消えるTOPIA』は 『BEACON』 の中でも特に生で聞いてみたい曲だった。低音中心の不気味で複雑な A メロと B メロ、そこから一瞬で転調して明るいサビへ遷移する構成に中毒性を感じる。どう作曲したらこうなるんだろうか。
歌詞の内容から察するに、この A メロや B メロは ZCON に支配されている世界を、ソロ部分は ZCON の破壊に成功した世界を表しているように思う。
舵は邪気を裂いて切られ雲は無い
過去はたった今 今はたった今 明日はたった今
キミに帰る
ホログラムの塔は燃える熱も無く
過去はたった今 今はたった今 明日はたった今
洗われ降る
夜に夢魔の不在を知り眠れさあ
過去はたった今 今はたった今 明日はたった今
キミに帰る
この「もう大丈夫だよ」と言わんばかりのソロが伸びやかな旋律に乗せられて奏でられるのが心地良くて好き。
7. 幽霊列車
道化師の CV が平沢進というのが衝撃的すぎるんですが。。真顔で出せる声音じゃないと思うので、一体どんな顔でレコーディングしていたんだろうと後で思ったりした。
明確な盛り上がりもなく、かと言って単調でもない絶妙な曲調。でもそういうにっちもさっちもいかないような曲構成も個人的には楽しめるポイントだと思う。2番サビ前に一瞬コーラスのブレイクもどきが入るのいいよね。
8. LEAK
還弦ver の LEAK のイントロ(というか流水音)が流れた瞬間に息を飲んだ。まさか生で聞ける日が来るとは……(2K20▲03 は見られなかったので)。KARKADOR 版も良いけれど、やはり還弦 LEAK の明るい A メロと壮大なサビが好き。始まった瞬間からずっと泣いていた。こういうお土産的な曲をセトリに組み込んでくれるのは本当に嬉しい。
9. 論理的同人の認知的別世界
物語はクライマックスへ
冗談のような夜ですって?
ええ、前夜ですから
で悪い顔をしたのを見逃さなかった。
10. BEACON(中断)
シンプルに心臓に悪い。
11. TIMELINEの終わり
もはやテーマソング。『TOWN-0 PHASE-5』や『庭師KING』、『白虎夜』のような立ち位置の曲だと勝手に思っている。
まずはイントロ。どこかで聞いたことがあるような心地よいメロディーに安心感を覚える。これについて以前の BSP で「国籍不明のアジア風音楽」という形容がされており、見事な物言いだなぁと思った記憶がある。
そして A メロ以降では最近公開された PV と同じ謎ムーブが披露された。あの動きは何を意味しているんでしょう。続くギターソロは CD とは異なり、ロングトーンを繋いでいくシンプルな構成になっていた。ソロの尺が終わった後も単音を伸ばし続ける演出って良いよね。
そして何故かこの曲だけ音を外しがちだった。実は歌いにくいのかもしれない。
ヒラサワ、自分で歌えねー曲作ってんじゃねーよ。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2021年1月17日
でもこれはさすがに TIMELINE の終わりじゃないよね?どう考えても『消えるTOPIA』や『BEACON』の方が難しいもん(N=1)。
12. ASHURA CLOCK
1日目から話題になっていた還弦verアシュラクロック。ナカムラルビィさんのテナーサックスを加えたアレンジの迫力が尋常ではない。「保護者を焼き払え」からの爆音のテナーサックスがかき鳴らされるってちょっとやばい。最近dアニメストアで『響け!ユーフォニアム』を見た影響もあるけれど、金管楽器ってかっこいいですよね。
そしてサビ部分のバカコーラスはコーラスが重なりすぎて全く歌詞が聞き取れなかったのでちょっと笑った。でもこのサビがバカみたいにカッコいい。
13. BEACON
本物のデュンク・アンが成立し、万事 OK と言わんばかりに『BEACON』のイントロへと突き進むルビィの旋律、シトリンの声。HAPPY END へと至れたことも相まって安堵に近いものを感じた。
そしてあまりにも歌が上手すぎる。純粋に歌が上手いって本当に凄いことなんだなと実感させられるほどの完璧さだったと思う。本当に声帯どうなってるんだろう。。
そしてギターソロの最後にトレモロアームで音を下げるアレンジもかっこいい。
14. 記憶のBEACON
前途が来るビーコンの記憶に
前途を行け悠々と
初手から長調全開のバカコーラスの迫力の凄まじさ。前に座っている人がビクッとしていて少し笑った。とはいえ、ギリギリ歌詞が聞き取れるのでバカコーラスというほどのものではないのかもしれない。
「前途が来る」という歌詞はかなり斬新だと思う。「前途」という言葉が主語となり、後ろに動詞が来るような文章を僕は見た記憶がない。通常は「前途多難」や「前途が不安だ」というように使われる言葉だろう。
「前途」というのはつまり「未来」の意であり、この曲においては「BEACON を取り戻したヒト化の輝かしい未来」というような意味合いかと思う。しかし、「未来が来るビーコンの記憶に」という歌詞は明らかにサビのメロディーに合わない。そこで未来を前途と言い換えてしまう言葉選びのセンスに脱帽する(あくまで個人的な見解)。
対照的に、「前途を行け」の方はそれほど不思議な感触はしない。「そのまま突き進んでいけ!」という感じでなんだか心強い。
そして最後にMC。「やあどうも」という感じで左手を上げてからステージの前に立つヒラサワ。「俺の歌を聞いてくれ!」とか「みんな盛り上がってるかー!?」みたいなライブではないので、こういうささやかなファンサも嬉しい。
最初から最後まで楽しいライブだった。
感想
『脱出系亞種音』の BSP において「通常であれば、新譜が発表された後に行われるライブはインタラクティブライブと相場は決まっております」と平沢は話していた。ところが、自分はここ数年で急激に平沢進の音楽を聞きこむようになった人間なので、この発言の意味がよくわからなかった。つまり、普通のライブでもいいじゃんという思いがあった。しかし、今回初めてインタラクティブ・ライブに参加し、その意味の片鱗を掴めた気がした。
少し冷めた物言いをすれば、音楽のライブは普段自分が聞いている曲をミュージシャンが生演奏してくれるだけの場所である。いつも聞いていたメロディーと歌詞、「あのメロディーが好きだった」「この歌詞が刺さる」なんてことを思いながら耳を傾ける。もちろんそれが楽しいのだし、終わった後に「来て良かった~!」としみじみ思いつつ帰路につく。でも、そこで「楽しかったなぁ。また行きたいなぁ」という感想や「あの歌詞は共感できるなぁ」といった感慨以外の何かを得られるかというと、それは微妙だとも思う。受動的に音楽を享受して、それで終わり。何も新しい発見はない。それが当たり前で、そしてそれでもいいと思ってライブ会場へ足を運ぶ。
しかし、インタラクティブ・ライブの場合、オーディエンスは否が応でも"思考"と"判断"を繰り返すことを求められる。登場人物の発言と画面上の文字を注視し、解釈し、自分なりに出した答えをホットポイントで示していく。受け取った情報に対して主体的にレスポンスをしていかなくてはならない。これが普通のライブと決定的に違う部分だと思う。そしてその過程で ZCON の世界観に対する理解が深まると共に、日々の Tw や BSP での発言、そして難解な歌詞に対するイメージも更新されていく感触があった。自分の場合は前者の方が大きくて、「あの意味不明な一連のツイートはこういうことを言っていたのかも」と思わされる場面がいくつもあったように思う。
フォロワー覗きをしながら、いったい何人の人がプロフィールに自分は役立たずだとか死にたいとか書いているのを目にすることか。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2021年12月9日
騙されるな。貴方はスゴイ。そうでなければ生まれて来ない。生まれた以上スゴイのだ。
手始めに自己評価を低く見積もる回路を焼き切ろう。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2021年12月9日
自分以外と比較し、相対的に自己評価を下す毒の回路は学校や社会で埋め込まれた。それを真っ先に焼き切ろう。
こういうのは、もうそのまま ZCON の世界観じゃないかと思う。「人は完全な姿で生まれるが、アヨカヨが形成した世界によって徐々に歪められていく。しかし BEACON が鳴り止むことはない。貴方がそれを信じ、そして再び BEACON を発見したならば、この世界で自分を見失わずに生きていける」みたいな。こういう世界観が陰謀論的かと問われると、確かにそういう要素はあると思う。ZCON に限らず、平沢進の表現には conspiracy な要素が多い。
私の素直な社会観察を見て発狂する者は今すぐファンをやめたほうが良い。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2021年9月4日
得る物は何もないから。
しかし、おや?と思ったら戻ってくるがいい。
定期チェックです。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2021年10月9日
貴方、ヒラサワを間違えてフォローしてませんか?
ヒラサワは貴方が思っているのとはまったく違うかもしれませんよ。
引き返すならお早めに。
こういうツイートも以前はただのツンデレ面白発言だと思っていたけど、平沢進は本当にそう考えているんだろうなと思うようになった。
また、日々のツイートだけでなく、新譜についても色々と気づきがあった。例えば、『論理的同人の認知的別世界』の「もう大丈夫ですよ、安寧の人」という歌詞を「尖りすぎだろ……」と思いながら以前は聞いていたが、今回のライブに参加して「あ、本当にもう大丈夫なんだな」という前向きなイメージを持つことができた。どういう解釈が正解かはわからないけれど、そうやって多義的に解釈できるところもヒラサワ曲の良いところだと思う。その他にも様々なイメージの刷新があり、『BEACON』というアルバム全体の印象が大きく変わった。そして、そういう点において「新譜が出たらインタラクティブ・ライブをやる」ことが如何に重要であるかが認識できた。
オマエタチにはその素質がある。
— Susumu Hirasawa (@hirasawa) 2020年6月11日
そうでなければヒラサワなんて聞いてられない。
その素質に「あっちだ」とか「こっちだ」とか、矢印を見せるのが私の仕事。何も教えない。教えられない。後は自分で考えて。自分で発見して、自分で脱出して。
正直なところ平沢進の考えや音楽表現は未だによくわからない。追うべきミュージシャンなのかもわからない。でも、今回『ZCON』に参加して今しばらくは聞き続けてみようと思った。
長々と怪文書を生成してしまったのでこの辺で。次のライブはいつだろう。